ポイントカードが世にはびこり出したころはレジで勧められるままに作ってて、いつの間にか財布がパンパン。
どこのカードを持っててどこのを持ってないか分かんなくなって、重複して作っちゃったり持ってるのに提示しないじゃったり。
あるとき煩わしくなって、全部捨てた。

それとは別に「損をするという生き方」って本を斜め読みしたことがあり。
『人間の欲望は限りないから、得しよう得しようと思ったら決して満足することはない。二つの道があったら損する方を選び、やったー!損した〜って喜べる生き方なら常に願いが叶うことになる。損するって、何て自由‼︎』という内容に、心を鷲掴みされた。
ポイントカード止めた自分の選択も、まんざら間違いじゃなかったなと。

さてそんな自分は昨日映画を見に行きまして、チケットを買った際にポイントカードを勧められたわけです。
即座に断わったのですが、窓口氏は持ってると得しますよとメリットを並べたてる。
一応聞いてるふりをして、結局は作らない。

そんなときに、「そうですか、そんなに得するんですか。じゃ作りません。損するように生きるのが座右の銘なんです」って言いたいところだが。
そんなこと言っても、相手は「⁇?」だろうから。
笑顔で「やっぱりいいです」としか、言わなかった。

バブルのころ その2

若い皆さまは、ご存知ないかもしれないが。
かつて「ふるさと創生資金」という政策を、国が行なったことがあって。
平たく言えば「全国の市町村に1億円ずつ配るから、何でも好きなことに遣えば?」というものだった。

バブル末期の頃、日本中がちょっとイカれていた。
だからこんな、イカれた政策も打ち出されのだろう。
遣う方も遣う方で、イカれていた。

いま振り返ってみるとドブに捨てるような遣い方を平気でしていたのだ、全国的に。
主な市町村がどんな遣い方をしたか、それを追跡調査したサイトがあって。
怒るというより、笑ってしまう。

1億をそっくりそのまま定期預金にして、結構な額の利子収入を得たところもあったらしいが。
そこが、一番有意義な遣い方をしたとも思える。
でも当時のノリは、そんなじゃなかったんだよね。

消費や投資こそ美徳、普通に預金して普通に利子収入を得るなんて愚かなことってムードが支配していた。
世の中全体が、狂ってたのだ。
だって1億全部で宝くじ買っちゃったところがあったって話にも、揶揄はされたけど厳しくは批判されなかったくらい(それは都市伝説で、実際にそういうことをしたところはなかったそうです)

配った方も「どうせもうすぐこのバブルは弾けるから、このあぶく銭で自分の名を後世に残そう」って思ったんだろう。
(たしか、竹下なんとかってソーリ大臣だった)
全国の市や町や村のドブをあのカネたちは漂い、そして腐っていったのだ。

バブルのころ

バブルのころ住んでいた家の向かい側が空き地で、地主と思われる不動産関係の紳士がしょっ中来てた。
顧客らしき人と待ち合わせ、黒塗りのシーマで現れる。
助手席にいつも、派手な身なりのお姐さまが坐しておられて。

紳士の方が客に土地についての説明をしてるっぽい間、お姐の方は助手席でぼんやり待っていた。
話が長引いて退屈がMAXに達したっぽいときには、毛ばたきで如何にもお義理にって感じで車の掃除を始める。
でもほぼ毎日、スタンドかどっかで洗車してもらってる感満載のピカピカぶりなんだけどね。

お姐さまは、一応秘書名目か何かで置いとくのかも知れんけど。
つい昨日までスナックで働いてましたオーラ出しまくりの、キャラとメイクとファッションセンスで。
通いつめた不動産屋が「俺の秘書やらないか?月50万出すぜ」な感じで口説き落とした、実質愛人と思われ。

その不動産屋にしたところが、前半では「紳士」って書いたけどあの頃うじゃうじゃいた脂ぎったバブル不動産屋風で。
当時は、そんなカップルが日本中にワンサカいたんだろうな。
結局土地は売れなかったらしく、空き地のままバブル崩壊を迎えた。

いまは、ソーラー発電所になっている。

さいはて

マンモスが絶滅したのは、人類が食い尽くしたからだという(諸説あります)。
人類の移動とは、マンモスを追いかける旅だった(諸説あります)。
アフリカで誕生した我々の祖先は、ほどなくしてその地のマンモスを食い尽くし。(諸説あります)。

マンモス、よほど旨かったのだろう(諸説あります)。
はじめ人間ギャートルズでも、旨そうに食ってたし(諸説あります)。
いなくなったのなら、居住地を捨ててでもいるところへ行こうと決めたようだ(諸説あります)。

アフリカからヨーロッパ、陸続きだった極北の地を経てアメリカ大陸へ(諸説あります)。
マンモスのいる地を見つけては食い尽くし、食い尽くすと次の地へ(諸説あります)。
そして遂に、アメリカ大陸を縦断して最南端の岬に至った(諸説あります)。

彼らは、茫然とした(諸説あります)。
そこから先は、何もなかった(諸説あります)。
ただ、鉄色の海が広がるばかりだった(諸説あります)。

この話を聞いたとき、ご先祖たちの絶望感が手に取るようにわかった(諸説あります)。
永遠にあると思っていたものが、実は有限だったときの驚き(諸説あります)。
気づいたら最後のコインだった財布の中、ゼロになってた預金残高、空っぽの米櫃etc……(諸説あります)。

その地に永住することに決めた者は、自分たちの過ちを子孫に伝えることにした(諸説あります)。
自然は有限であり、共存しなければならない(諸説あります)。
それが、インディアンの教えになっていったという(諸説あります)。

水原弘

水原弘という人は、かつての大スターだが。
あの時代の大物芸能人によくあるパターンで、破天荒な生き方をしたという。
取り巻きを引き連れては、日々遊びまくっていた。

結果、身体を壊し。
人気も仕事もなくなってきて、それでも生き方を変えられない。
当然、天文学的な借金が。

最初のうちは、その才能を惜しんで助けてくれる人もいたようだが。
そんな好意を踏み躙ったり、約束を反古にしたりを繰り返し。
やがて、周囲から見捨てられてしまう。

そうなると、群がってくるのは闇社会。
怪しい組織から借金を重ね、また重ね。
遂には、興行権を担保に取られてしまう。

興行権を取られるというのはどういうことかっていうと、歌っても歌っても一銭も貰えないということだ。
収益は全て、組織に取られてしまう。
でも借金があるから、返し終わるまで歌わなければならない。

既に病は、取り返しのつかないところまで身体を蝕んでいた。
だからといって、休ませてくれるような相手ではない。
文字通り、死ぬまで働かされた。

組織は、余命いくばくもないことは当然知っていた。
生きているうちに、搾り取れるだけ搾り取ろうというわけだ。
一日に何本もステージを入れ、血を吐いてでもなお歌わせたという。

映画みたいな話

同級生のN、就職して自宅からちょっと離れた地にある社員寮で暮らし始めた。
近くに、ちょっと遠縁に当たる親戚の家があった。
両親から聞いていた彼は、 ある週末に訪ねてみた。

老夫婦だけで、ひっそり暮らす家だった。
彼らはNの気性を気に入り、Nもまたその家の雰囲気を愛した。
しょっちゅう遊びに行っては食事をよばれ、そのうち泊まるようにもなった。

数年後、老夫婦は相次いで世を去った。
身近な身寄りは、いなかった。
広大な土地(山ひとつ!を含む)や、かなりの資産が遺された。

遺言で、それらは全てNに託されたという。
Nより近い親等の親族もいたが、老夫婦はいつも遊びにきてくれる遠縁の若者を選んだのだった。
こんな映画みたいな話が、本当にあるんだよなぁ。

ガンド猫、オガンヂメ、デゴ様

幼少のころ、暗くなるまで外で遊んでいたりすると。
大人たちから、脅された。
「ガンド猫(ネゴ)ニ、咥エデガレッチャード」

標準語に訳すと「ガンド猫に咥えられて連れ去られてしまうよ」といったところだが、ガンド猫に相当する標準語が見つからない。
当時まわりの大人に「ガンド猫って、どんな猫?」と訊いたものだが、皆ただ笑うだけでちゃんとは答えてくれなかった。
彼らも、わかってなかったんだろうな。

ガンド猫、……。
辺りが暗くなるとどこからともなく現れ、子供を連れ去って(そして恐らく食して)しまう。
かなり恐ろしい存在として、ヤスジロー少年の脳裏には刻まれた。

同じような言葉に、「オガンヂメ」というのがあった。
髪型や着ているものがだらしない人に対し、「オガンヂメみでぇなかっこして……(オガンヂメみたいな格好して)」と批難する場合に使う。
ではそのオガンヂメが何者なのか、やはり誰も知らなかった。

さらに、さらに。
デゴ様という言葉もあり、これは必要以上に厚着して着膨れている人を揶揄するような場合に使った。
用例「そーたに、デゴ様みでぇに着て……(そんなに、デゴ様のように着て)」

いずれも、今ではほとんど聞かない。
茨城弁といっても、県内全域で使われていたわけでもなさそうである。
なぜ、どういう経緯でごく一部にだけ流通する言葉が生まれたのであろうか。