真夜中の電話

夜中の電話に知り合いのA氏が飛び起きて出ると、むかし職場でバイトしていた若者。

バンドをやってるとかで、そういう境遇のヤツのお約束のコミュ障で周りとは打ち解けず。

でも何となくA氏はウマが合い、アレコレと目をかけてやったのだった。

しばらくしてフェイドアウトっぽく辞めてしまい、その後は音信不通だったのだが。

一年ぶりぐらいに、その晩、電話がかかってきたのだ。

しかも、夜中の2時に。

完全に目の覚めきらぬA氏に対し、テンションが上がっているらしい相手は一方的に喋り続ける。

「寝てました?寝てましたよね。でもさっき突然、Aさんのこと思い出して。俺バカだから明日になると忘れちゃうから、迷惑かと思ったけどかけちゃいました。すいません。じつは今、東京にいまして、あの会社やめてからこっちに来て、デビュー決まって、明日の夜、テレビに出るんスよ。Aさんにだけは見てもらいたいなって思って。ミュージックステーションって番組で、タモリが司会で、夜8時からなんで、良かったら見てください」

最後まで完全には覚醒しなかったけど、とりあえず「おめでとう」は言って、翌日はずっと、あれは夢だったのか、でも妙にリアルに覚えてるから現実だよな、なんて考えつつ過ごし、早めに帰宅してテレビをつけた。

ほどなく番組は始まったが、そこでハタと気づい

た。

バンドの名前がわからない。

夕べは半分寝てたから、そこまで気が回らなかった。

知り合ったころ聞いた覚えがあるけど、横文字の難しい名前で覚えきれなかった。

でもまぁ、画面に出てくればわかるだろう。

ヤツはドラムだって言ってたけど、ヴォーカルやギターほどじゃなくても、ちょっとぐらいは映るはず。

悪いけど、一年のブランクで、今ははっきり顔が思い浮かばない。

でも、見ればわかる。……はずだ。

しかし。

その日、それらしきバンドは2組出た。

近々デビューの、期待される2バンドという触れ込みで。

そしてどっちも、当時流行っていたビジュアル系というやつだった。

どっちのメンバーも全員、メイクしていた。

目を凝らして見ていたけど、結局わからなかったという。