N君
保育園のころ、N君という仲良しと砂場で遊んでいました。
N君が、手にしていたちょっと大きめな石を地面に落としました。
落下地点に僕の手があったものだから、小指が切れて血が出ました。
それは、純粋な事故でした。
我々は喧嘩したわけでも、いじめたりいじめられたりしたわけでもありません。
N君は僕に謝り、僕も即許しました。
そんなに痛くなかったので、泣きもしませんでした。
その時は。
N君は「(先生にも家の人にも)誰にも言わないでね」と言いました。
僕は「わかった」と言いました。
その後もしばらく、二人で遊びました。
けれど大したことがないとはいえ血が出ていましたから、大したことになってしまいました。
先生にも親にも知られるところとなりました。
どうしてこんな怪我をしたのかと、追及されました。
その年代の男の子って、状況を順を追って説明するのが苦手なのです。
少なくとも僕はそうでした。
ちょっと大ごとな展開になり始めてビビってしまい、「砂場で……」「N君が……」「大きな石が……」あたりを断片的に言うだけで、あとは泣きじゃくって言葉になりませんでした。
これは純粋な事故で、N君にも僕にも悪気はなかった。
N君は謝ってくれたし、僕も快く許した。
だから、事を荒だてないでほしい。
以上のことを、本当は言うべきだったのですが。
結局、先生立会いのもと、N君はもう一度僕に謝り、僕はもう一度N君を許し、最後は二人で大泣きし。
あとでN君に「『誰にも言わないで』って言ったのに……」と、責められました。
あの恨みがましい目を、未だに忘れられません。