先生

漫画家って、先生と呼ばれるよね。手塚・赤塚クラスならいざ知らず、若手(近ごろの若手の名前知らないけど)でもそうだよね。比較的新しいジャンルなのに、意外っちゃ意外。

例えば小説家。漱石や鴎外の時代はともかく、村上春樹先生とか林真理子先生って一般的には言わない。編集者なんかは別だろうけど。

文学界の方が封建的なイメージあるけど。どうなんだろう?もしかしたら、漫画界は今でこそ世界に冠たるクールジャパンだけど、かつては「マンガなんて」って、低く見られてた歴史があるから、関係者が権威づけのために意識して先生って呼んで。その名残りが今日までつづいてるんじゃないか、と仮説を立ててみたが、みなさんのご見解は如何?

本当のことなんか

ボスのことかばって嘘をつきまくってる人たちって、純粋にボスのことが好きなのか、そうすることが美学で酔っているのか、それとも本当のことを言えば殺されるのか、相当な弱味を握られているのか。どーなんだい?サガワくん、ヤナセくん。

訛り

いま読んでるのは、長塚節の「土」。
この歳にして、初めて紐解いた。
学校の授業で習って、タイトルだけは知ってたけど。

ふるさとゆかりの作家でもあるし、いろんなところで目にしてもいた。
でも、読んだことはなかった。
知ってるけど読んでないシリーズ、樋口一葉とかドフトエフスキーとか。

さて、「土」だが。
暗いか明るいかと問われれば、暗い小説です。
明治のころの農村の、貧農の家が舞台ですから。

はしがき(この小説のファンだった夏目漱石が書いている!)を読んでいるときは、イヤな予感がしていた。
読むのに辛抱が必要、とあったから。
けど、自分にはむいてたようで。

冒頭から、すんなり入れた。
こういう世界、嫌いじゃない。
あと、茨城県人であるのも幸いだったかも。

舞台が身近で、知ってる地名が出てくる。
土浦とか霞ヶ浦とか、鬼怒川とか。
さらに、もっと大きいのが。

登場人物の会話が、オール茨城弁。
それも、ネイティヴな。
とってつけたように、語尾を『だっぺ』で終わらすヤツじゃなく。

むかし何かで知った「農村社会は男女同権だった」論。
男女とも同じ言葉遣いをするのが、その証拠である。
この小説の登場人物たちの話言葉も、男女まったく同じ。

「〇〇は、こう言った」などの説明の文がなければ、誰のセリフかわからない。
そういえば、うちのばあちゃんも身の回りのばあちゃんも自分のこと「オラ」って称してた。
女だから女らしい言葉遣いをするって発想は、なかったんだ。

野良に出れば、男も女も同じに働く。
だから男女平等、性差別なし。
夫婦どちらかが欠ければ即、仕事が立ちいかなくなってしまう。

男女が違う言葉遣いになったのは、武家社会からだそうで。
男は外で働き、女が留守を守る。
別々に働くようになって、男女の区別が生まれた。

そんなことも、「土」を読みながら思い出した。
男も女も、貧しさに喘ぎつつ必死に「土」を踏みしめて戦っている。
以上、読み始めたばかりの序盤戦での感想でした。

大き子ら

小学校低学年のころかなぁ、うちから自転車で5分ぐらいのところに田んぼがあってさ。
そのわきの小川に、ざりがにがいっぱい棲んでたのさ。
ざりがにの巣の在り処も、俺は把握してて。

学校から帰ってくると、自転車でそこへ行って。
毎日、定点観察をしてた。
捕まえるわけでもなく、ただ眺めてるだけ。

あっ、捕まえてきてバケツで飼ったこともあったけど。
正しい飼い方なんて知らないから、すぐ死んじゃって。
自然の中にいるのが一番って気づいたんじゃないか?子供ごころに。

毎日毎日通ってると、そこの小川が自分のものみたいな感覚になってね。
もちろん、そんなわけはないんだと知らされる事件がやがて起こる。
嵐のように、それはやってきたさ。

いつものようにそこにいると不良の中学生が3人、自転車で通りかかって。
「こんなところで何やってんだ?」と、訊く。
正直に「ざりがにを……」と答えると、彼らは自転車を停めてこっちへやってきた。

そして、俺のモノだと思っていてざりがにと巣に攻撃を始め。
何匹かは殺され、巣は破壊され。
低学年の小学生にとって中学生なんて凄い大人に見えたから、抗議もできず。

じっと耐え忍んで一部始終を目撃、次の日からは行かなくなった。
今朝の散歩でその場所を通り、久々にトラウマが蘇ったよ。
今じゃコンクリートで塗り固められ、ざりがにのざの字も見当たらなかったけど。

ミーハーの血

嘘か誠か分からないが、昔ちらっと聞いて最近また思い出した話。
相方のお父ちゃん、つまり義父が。
若いころ役者を目指して、長谷川一夫の鞄持ちをしてたって説。

長谷川一夫っていえば、往年の大スターじゃないか。
今ならさしずめ……、今はそこまでのスターはいないが。
世界のキタノ?ちょっと前ならキムタク?

どういう経緯で、っていうのは相方も知らないらしいが。
結局役者の道はあきらめ、帰郷して家業の窯元を継いだ。
焼き物屋になってからは板谷波山の元へ通いつめ、押しかけ弟子になった。

そういう伝説が、いっぱいあるんだけど。
どこまでが、本当なのか?
あの親子、強力なミーハーのDNAで結ばれてるのか。